【体験談】遺伝した?もしかしたら子供も発達障害かも?!




結論から言うと、娘には夫の発達障害は遺伝していなかった。
それでも未だに「もしかしたら・・?」と不安になるのは、大人になってから発達障害が判明するという、夫のケースを見ているからだ。

夫の発達障害が遺伝しているのか不安に

とてもレアなケースだと思うが、娘の出産後に夫が発達障害であることが発覚した。
父親が発達障害と分かれば、子どもに遺伝しているのではないかと不安になるのは当然のことではないだろうか。

自分が出産するまで幼い子どもに接したことがなかった私は、話ができない頃の子どもとは、どのような表現をするのか知らなかった。

娘が癇癪を起せば自閉症ではないかと思い、落ち着きのない様子を見せればADHDの症状が出てきたと疑う。少しでも娘が夫と同じようなそぶりを見せると、不安は募るばかりだった。

いま思い返せば、子どもが癇癪を起したり、じっとしていられなことなど心配することではないのだが、当時は「夫の発達障害が娘に遺伝している」という思い込みから逃れることができなかったのだ。

一歳半健診で要経過観察となる

筆者の不安が的中したかのように娘は、一歳半健診で要経過観察となった。
娘が検診で指摘されたのは以下の2点だった。

一歳半健診で指摘されたこと

 指示が通りにくい

 集中力の欠如

当時の娘は単語を発してはいたが、二語文はほとんど話せなかった。

言葉が遅いせいもあり、娘は保健士の指示の意味がよく分からない様子だった。
そして、検査を受けている最中に立ち上がるなどの落ち着きのない行動をしたことで、言葉の遅れと集中力の欠如を指摘され、娘は「要経過観察」となり、改めて検査を受けることになった。

健診では「医師に診せるように」という指示はなかったものの、不安で仕方がなく、自分で小児科を探し予約を取った。

小児科受診、そして大学病院へ

娘をちらりと見て医師は、「この子はお母さんのことを良く見ているよ」と言った。
母が自分に対してどういう反応をするかを、良く見ていると言うのだ。

診察を受けるまでの緊張が、医師のその一言で軽くなる。
なぜかと言うと、発達障害がある子どもは、母親の後追いをしなかったり、無視することが多いということを聞いていたからだ。

いくつかの問診の後、父親に発達障害があることを告げると、医師の顔は曇り始めた。
そして「お母さんが心配ならば大学病院へ紹介状を書くけど」と言い、紹介状をもらうことになった。

小児科受診から大学病院受診まで2~3か月は待っただろうか。
次に娘が診てもらうところは、大学病院の発達外来というところだった。

そこで医師に聞きたかったことは、娘が発達障害であるかどうか詳しい検査をしてほしいということと、発達障害の疑いがあるのならば療育を紹介してほしいという2点だった。

まず医師から、発達の検査は、子どもが3歳になるまでできないと言われた。
その当時できたことは、親から子どもの様子を聞き、発達に問題があるかを医師が判断するというものだけ。

持参した問診票と、母親である私からのヒアリングを元に医師が下した診断は、娘には「発達に異常はみられない」というものだった。

その後、健診をした市の方へ医師から発達に異常がないと言われたと伝えたところ、要経過観察は外れ、その後の検査も必要ないということになった。

幼稚園での娘の様子

その後の娘との生活は変わることなく、娘は3歳になり、幼稚園の入園式を迎える日が来た。

心配性の私は入園前に、娘に発達遅延の疑いがあったことを園長に伝えていたのだが、加配やサポートの先生はつかず年少組に入園した。

通い始めてすぐは登園渋りがあり親子とも辛い時期があったが、年中に上がる頃には喜んで登園するようになり、その後も問題なく幼稚園生活を終えた。

今でも心配になる娘の様子

幼い頃、発達障害ではないという診断がついても、それは絶対ではない。
夫のケースのように、中年になって発達障害が判明することだってあるのだ。

学校生活や友人関係でトラブルを起こしたことのない娘だが、母親から見て気になる点がひとつだけある。それは夫とも共通していることなので、未だに娘が発達障害なのではと疑ってしまう要因となっている。

その気になる点とは、娘の親に対しての関心の薄さだ。

ある時、娘と部屋の片づけのことで大喧嘩になり、「これ以上言う事を聞かなのなら出ていきなさい!」と言ってしまったことがある。

私がそう言った途端、それまで泣いていた顔色をすっかり変えて、そそくさと出ていこうとしたのだ。格好悪いことに、いやいや待てよと娘を引き留めたのは、母親の私の方だった。

幼い子どもにとって家を放り出されるというのは半ば死を意味する。
娘はそのようなことを理解できないような年齢ではない。

それなのに、抵抗せずに家を出て行こうとする娘には驚きを隠せなかった。
「母親と離れるのが怖い」という感覚が抜け落ちているように感じられたからだ。

夫もそういうところがある。
自分の母親が亡くなっても涙ひとつ流さないで、弁当を完食する人だった。

母親と険悪だったわけでもないし、お母さんが亡くなったことは悲しいと言う。
でも私から見た夫の姿は、愛しい母親を亡くした直後の男性とは思えないものだった。

それらのことをつなぎ合わせてみると、娘も発達障害なのかと不安になってしまうのだ。

しかし、もし娘が発達障害だとしても、私が落ち込むことはないし、愛おしいことには変わりがない。適切な治療を受けさせ、娘が大人になり私の手を離れた時に、社会生活に困らないようにしてやりたいと思うだけだ。




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